更新:2026年7月31日
「AIはもっともらしい誤りを出す。では、人間の記憶とどちらが信用できるのか」。この問いは、AIを使うたびに顔を出します。
2026年1月の初出では、AIのハルシネーション率やDRM実験の数字を並べて比較しました。しかし、その書き方には問題がありました。AIの誤り率はモデル・質問・外部情報の有無・評価方法で大きく変わり、DRM実験の偽記憶率は単語リストという実験課題の結果です。どちらも「日常で何%間違うか」を示す共通の物差しではありません。
この記事は、数値の勝負としてではなく、2026年7月時点で分かっている「AIと人間がそれぞれ、どんな条件で間違いやすいか」を整理し直す改訂版です。
1. AIの「もっともらしい誤り」は、まだ解決していない

大規模言語モデルは、知らないことや答えが一意に定まらないことに対しても、答えを作ってしまうことがあります。2026年にNatureで発表された研究は、正答数だけを重視する訓練・評価が、分からないときに「分からない」と答えるより推測することを報いる構造を持つ、と論じています。Kalai et al. (2026)
ここで大切なのは、単一の「ハルシネーション率」を万能の性能表のように扱わないことです。要約での原文逸脱、検索なしの事実質問、文献レビュー、医療相談では、必要な能力も失敗の意味も違います。モデル名だけで「AIは正確」「AIは危険」と決めることはできません。
また、AIは事実と信念、伝聞を区別する問いにも弱さを残しています。24モデルを13,000問で評価した研究では、モデルが「知っていることは真でなければならない」という区別を一貫して扱えないことが示されました。文章が流暢であることは、根拠があることの証明ではありません。Suzgun et al. (2025)
2. 検索や引用は有効だが、「引用付き」だけでは足りない

AIに一次資料や査読論文を検索させ、その引用箇所に基づいて答えさせる方法は、検索なしで答えさせるより有望です。科学文献の統合を対象にした2026年の研究では、文献検索・再順位付け・根拠提示を組み込んだ仕組みが、素のモデルの正確さや引用の扱いを改善できると報告されています。Asai et al. (2026)
ただし、これは自動的な正しさを意味しません。同研究でも、一般的なモデルでは文献名の捏造がなお問題になり得ます。さらに医療用RAG(検索拡張生成)の小規模な実験では、会話履歴が長くなると事実整合性が大きく悪化する事例が報告されています。これは全てのRAGに当てはまる数字ではありませんが、検索を付けたから安全、ではないことを示す重要な警告です。Jung et al. (2026)
引用を見るときは、リンクの有無だけで安心せず、次の三点を確認したいです。
- リンク先は実在する一次資料・査読論文・公式発表か。
- その資料は、AIの回答にある数字・対象・結論を本当に述べているか。
- 資料の対象、時点、限界が、回答で勝手に広げられていないか。
3. 人間の記憶も、単純な録画ではない

人の記憶は、後から得た情報、質問のされ方、似た経験、時間の経過の影響を受けます。DRMパラダイムのように、関連語の列を見たあとに提示されていない中心語を思い出したと答える現象は、記憶の再構成性を示す有名な例です。
しかし、そこから「人間は日常の情報を約50%捏造する」と結論することはできません。DRMは特定の単語記憶課題であり、出来事の記憶、証言、日常の事実確認と同じではないからです。異なる実験の数字を、人間全般の信頼性の数字に読み替えないことが必要です。
「ショッピングモールで迷子になった」という有名な偽記憶研究についても、近年の再分析は慎重さを促しています。AndrewsとBrewinは、従来「偽記憶」と判定された参加者の記録を詳しく読み直し、架空の出来事の中核的な詳細を明確に思い出している例は限られると報告しました。これは「偽記憶は起きない」という意味ではなく、どこまでを偽記憶と数えるか、参加者自身が何を実際に想起したかを区別すべきという結果です。Andrews & Brewin (2024)
4. 「AIか人間か」ではなく、検証の役割を分ける

では結局、どちらがよりハルシネーションを起こすのか。 現時点で、人間とAIを一つの割合で公平に比べられる数字はありません。AIの「ハルシネーション」は、根拠のない事実・引用・説明を生成することを指し、モデル、質問、検索の有無、会話履歴によって大きく変わります。人間について測られるのは、偽記憶、思い込み、伝聞の混同などで、実験課題と日常の判断を同じ率にはできません。
ただ、危険になりやすい場面には違いがあります。検索なしで、曖昧な事実をAIに尋ねる場面では、AIは根拠のない答えを流暢に作れるため特に注意が必要です。反対に、長期の経験、状況、利害、感情が絡む判断では、人間は記憶や思い込みに引っ張られやすい。これは勝敗ではなく、誤り方の違いです。
AIは、多数の候補を探し、文書を比較し、表の不整合や日付の食い違いを見つける補助に向いています。一方で、何を信頼できる資料とするか、資料が答えていない部分はどこか、その情報を使うことが誰にどんな影響を与えるかは、人が引き受ける判断です。
実務では、次の形がいちばん堅いと思います。
- AIに探させる。結論だけでなく、一次資料のURL、発行日、該当箇所を出させる。
- 原典を開く。タイトルや検索結果の要約ではなく、本文・表・方法を確認する。
- 主張の範囲をそろえる。「この条件での結果」を「いつでも成り立つ結論」へ膨らませない。
- 不確実性を残す。確認できないことは「未確認」と書き、断定を保留する。
これはAIを信用しないための手順ではありません。AIの速度と、人間が根拠・文脈・影響を判断する責任を組み合わせるための手順です。
結論:正確さは、道具の名前ではなく検証の工程で決まる

AIは改善を続けており、根拠に接続した使い方では強力な助けになります。それでも、流暢な説明や引用の形だけでは正しさを保証できません。人間もまた、記憶や直感だけでは誤ります。
だから必要なのは、AIを「完全な回答者」として扱うことでも、人間の記憶を「完全な審判」として扱うことでもありません。AIの出力を原典に戻し、人間の判断も記録と証拠で点検する。その往復こそが、2026年のいちばん現実的な付き合い方だと思います。
参考文献・出典
- Kalai, A. et al. (2026). Evaluating large language models for accuracy incentivizes hallucinations. Nature.
- Asai, A. et al. (2026). Synthesizing scientific literature with retrieval-augmented language models. Nature.
- Suzgun, M. et al. (2025). Language models cannot reliably distinguish belief from knowledge and fact. Nature Machine Intelligence.
- Jung, H. et al. (2026). RAG in clinical practice: a cautionary tale of AI ‘Truthfulness’. npj Health Systems.
- Andrews, B. & Brewin, C. R. (2024). Lost in the Mall? Interrogating Judgements of False Memory. Applied Cognitive Psychology, 38, e70012. DOI: 10.1002/acp.70012.
※本記事は一般的な情報整理です。医療・法律・投資など、判断の影響が大きい場面では、AIの回答だけで決めず、専門家と一次資料を確認してください。
