【独眼竜の野望】
結城秀康†
レベル : 数†
生息地域†
戦闘開始時セリフ†
今のオレは徳川の士!
豊臣も伊達も、
ただ斬り捨てるのみ!
- 羽柴結城少将
- 1が開幕のみ使用。自身にレベル2の▲▲▲▲を付与。知略縦横か凶方天中殺で解除できる。
- 御手杵・穿
- 単体物理攻撃+結界破り+抗術破り。▲がついていると盾鍛冶以外では瀕死〜即死(8000程度)
ドロップアイテム†
- 結城秀康(ゆうき ひでやす)
- 1574-1607 徳川家康の次男。
1584年、小牧・長久手の戦いの後、羽柴秀吉のもとへ養子として差し出される。元服後は秀吉と家康の名を一字ずつ取り「羽柴秀康」と名乗った。
1587年の九州征伐で初陣を果たし、小田原の陣、文禄・慶長の役等に参加した。
1589年、秀吉の子・鶴松が誕生すると、秀康は下総国の結城晴朝のもとに養子に出され、結城氏の家督および結城領11万1000石を継いだ。また改めて称号として羽柴姓を贈られ、官位(左近衛権少将)から羽柴結城少将と呼ばれた。
関ヶ原の戦いでは前哨戦となる上杉景勝征伐に参戦。家康らが西に引き返すと、景勝を牽制する役目を与えられ、戦後、越前北庄67万石に加増移封された。
1607年病没。享年34。
なお、秀康の武器としては、天下三名槍の一つ御手杵が知られている。
- 本多富正(ほんだ とみまさ)
- 1572ー1649 本多重次の甥。
結城秀康が豊臣秀吉の養子となり、大坂へ送られることになった際、同行し、以降秀康に仕えた。
関ヶ原の戦いの際は秀康と共に宇都宮に在陣した。戦後、秀康が越前の大名になると、富正は府中3万6千石を与えられ、特に内政面で手腕を発揮した。
秀康の死後は家老として松平忠直・忠昌の補佐を勤めた。
- 真砂作兵衛
- 秀康家臣。関ヶ原の戦いでは本戦に参加し、功をあげた。
- 山名弥次兵衛
- 同上。
- 蒲生秀行
- 蒲生氏郷参照
- 小田氏治
- 佐竹義宣参照
コメント†
- 1のLv2五輪付与は仙の凶方天中殺でLv2呪詛に出来る事を確認。 --
- 同じく軍の知略縦横でも呪詛にできました。以降はやってきません --
- 1のLv2付与は永続のようです。 --
- 5は侍じゃなくて僧ね --
- 不動なし。1s粘着すれば普通にいけそうです。 --
- 演・召・密・士・鎧・陣・通で撃破!! -- 山吹演舞スキ
- 1は闘魂あり --
- 武士武士のが安定する --
- 1の特殊技が武士にとって相性が悪いです。 --
- 滅却破られてぽっくり逝ってしまいますよww -- 1の特殊
- 鎧2 道 軍 典 仏 暗で撃破、軍学が1のレベル2を消した後、45への沈黙さえうまくはいれば多分関ヶ原の中では楽な部類、鎧は1の付与取れてない時に至り切らすと冗談抜きで危険 --
- 傾奇が詠唱してきました --