独眼竜の野望

榊原康政(さかきばら やすまさ)

レベル:数

家紋

生息地域

戦闘開始時セリフ

徳川四天王を甘く見たこと、
地獄で後悔せい!!

構成

名前職業レベル初期付与使用技
榊原康政75不動無印槍撃天地二段・改一所懸命・極沈黙の霧・壱蘇生の秘薬、守護術
徳川秀忠薙刀侍73守成将軍の才、天地二段・改八箇必勝一所懸命・極武運長久沈黙の霧・壱、守護術
青山忠成薬師70蘇生・壱完全治療治療・四全体治療・四般若験力裏鬼門天狗法力禍因の風禍因の風・弐神通召雷
土井利勝弓神主70三連射詠唱の韻・極
大久保長安陰陽70 結界雷滅等各種最上位全体術、星辰法鬼道凶禍黒道凶禍低速呪霧・参小細工無用
平野長泰懐剣二刀忍者70五連撃無影一閃神力両断・改抗術破り全体看破全体看破・弐風遁の術・極
榊原忠政鉄砲鍛冶70土竜攻め・改千鳥落し四段撃ち零距離射撃刀の至り、守護術

特徴

守成将軍の才
味方全体に結界+活身。頻度は非常に低い

ドロップアイテム

列伝

榊原康政
榊原康政参照
徳川秀忠(とくがわ ひでただ)
1579-1632 徳川家康の三男。正室は織田信雄の娘、継室は浅井長政の娘・江姫。江戸幕府第2代将軍。
兄・信康の死により世子となる。関ヶ原の戦いでは、別働隊を率いるが、中山道の天候不順により使者の到着が遅れた結果上田城攻めで時間を浪費したうえ行軍が進まなかったため本戦には間に合わなかったが、榊原康政にとりなされ家康に許された。
1605年、第2代将軍となり、家康と二元政治体制をとった。
その後、武家諸法度・禁中並公家諸法度などの制定や、福島正則らを改易するとともに御三家を設置するなど江戸幕府の基盤を固めた。
青山忠成
青山忠成参照
土井利勝
土井利勝参照
大久保長安(おおくぼ ながやす/ちょうあん)
1545-1613 はじめ武田信玄勝頼に仕え、鉱山開発や税務などに従事したという。
武田家滅亡後は徳川家康に仕え、大久保忠隣の与力となり、この頃から姓を大久保に改めた。
主に内政面で手腕を発揮し、甲斐の内政再建や関東移封後の土地台帳作成を行った。
関ヶ原の戦いでは徳川秀忠のもと輜重役を務め、戦後は数々の代官・奉行を歴任し、全国の金銀山の統轄や交通網の整備を任された。1603年には家康の六男・松平忠輝の附家老に任じられ、忠輝と伊達政宗の長女・五郎八姫の結婚交渉も取り持った。
晩年は家康の寵愛を失い、代官職を次々と罷免され、1613年病死。享年69。
死後、本多正信・正純父子の讒言により、不正蓄財をしていたという理由で、長安の7人の男児は全員処刑され、縁戚関係にあった石川康長ら諸大名も連座処分で改易されることとなった。
平野長泰(ひらの ながやす)
1559-1628 秀吉家臣。賤ヶ岳七本槍の一人。
1583年、賤ヶ岳の戦いで功をあげ、戦後、大和5000石を与えられた。
関ヶ原の戦いでは東軍に与し、その後は旗本として徳川秀忠に仕えた。
榊原忠政
榊原康政参照

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