相模武将一覧

松田憲秀(マツダ ノリヒデ)

レベル:数

60:7

職業

陰陽師

合戦配置

後詰

戦闘開始セリフ

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己のことは自分が一番
よく知っているものだ。
それがわからぬは愚か者よ!
(○○○?
 なんと情けない名前よ。
 恥ずかしくないのか?)
(○○○か。この雑魚
 相手ならば、わしにも
 まだ勝機はあるな!)

構成

名前職業レベル初期付与使用技
松田憲秀錫杖陰陽60結界虚空術法剣・改武運長久星辰法迅雷狂風雷滅等各種最上位全体術、閃雷・伍等各種準備無し属性単体術・伍、森羅万象五芒陣雷鳴・四氷雨低速化・参沈黙の霧・壱気合呪霧・参霧散霧散霧消結界・参全体麻痺
松田康郷錫杖陰陽55結界星辰法雷滅等各種最上位全体術、千紫万紅五芒陣鬼道凶禍閃雷・伍等各種準備無し属性単体術・伍、煉気掌破界の光・極奪付与低速呪霧・四呪縛・参小細工無用霧散霧散霧消結界・参蘇生・壱
笠原政尭槍薬師55再生蘇生・壱禍因の風神通召雷鬼門瞬雷完全治療全体治療・四救護・参全体救護・弐活身・四天狗法力攻撃呪霧・四防御呪霧・四霧散全体喝破全体解呪・弐、反撃術
北条豪勇侍槍侍55一所懸命・極五連撃五連撃・改抗術破り地勢看破崩落の計、守護術
箱根山神官剣巫女55反射結界明神閃神代の雷神雷神風破界の光・極詠唱の韻・極防御の韻・参攻撃の韻・参防御付与・参小細工無用全体解呪・弐死の唄・参子守歌
相模鍛冶鉄砲鍛冶55三段撃ち零距離射撃怒号・改、守護術
早雲寺番僧懐剣僧55反射結界僧兵連撃・改凍気法輪紅蓮法輪紅蓮・伍完全回復全体完全回復全体回復・参冥護慈救因果応報後光霧散一喝

備考

特徴

ドロップアイテム

旧ドロップアイテム

列伝

松田憲秀
生年は不明(信長の野望では1540年となっているが確証はない。1530年の説もある。)。尾張守。松田盛秀(顕秀と同一人物か?)の子と伝わる。

松田氏は出自は相模の国人説が強かったが、近年彼は備前松田氏の出自ではないかという説が浮上している。室町幕府の奉公衆に松田氏の名前があり、同じころに幕府に仕えていた伊勢宗瑞(北条早雲)と交流があった可能性もあり、この縁で宗瑞の[[駿河] ]下向に従ったという説である。現在では後者の説が有力になっている。

憲秀が家督を継いだのは1550年代とされているも正確な時期はわからない。彼は小田原衆筆頭に位置づけられ、相模西郡苅野荘などに実に2768貫を知行していた。これは垪和氏続の1028貫、大道寺政繁の1212貫などと比べても桁違いの量である。これは一門である北条幻庵を除く家臣団では最高の知行量である。後に子の政堯が笠原家当主の笠原綱信へと養子に行き、その所領(447貫)をあわせれば、なおすさまじい量である。また、内藤綱秀を婿養子としており、その権勢は北条家最大であったのであろう。
北条氏康の片腕として辣腕を振るう。氏政氏直の代にも筆頭家老として君臨する。
しかし、後に武田勝頼への内通疑惑が生じた。これはおそらく家中の何者かの謀略であり、事実はなかったようであるが、このときに面目をつぶされたらしく、後の小田原の役での内通への遠因と見る人もいる。

1590年の小田原の役でははじめ降伏論を説くも、後に交戦論が主流になると籠城を主張。野戦を主張する北条氏邦伊勢貞運らと激しく対立する。籠城論が通ると早川口を守備するが、豊臣方の堀秀政に誘われ伊豆と相模の2ヶ国を賜る条件で内通する。
しかしこの内通は自身の子である直秀により氏政に発覚。憲秀は監禁される。筆頭家老の敵方への内通は当然家臣団を動揺させ、開城を早めることとなった。
戦後、この内通により秀吉から不忠を責められ自刃に追い込まれる。

北条家3代に仕えた重臣のなかの重臣であり、北条家臣団の中でもかなり有名な部類に入る。
松田康郷
松田康郷参照
笠原政尭

その他情報


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