50-7
侍
| 名前 | 種類 | レベル | 初期付与 | 使用技 |
|---|---|---|---|---|
| 山角定勝 | 弓侍 | 50 | 蘇生・壱,武運長久,真剣勝負,三連射 | |
| 風魔中忍 | 忍者 | 45 | 遁術・改,n連撃,手裏剣乱射,結界破り・改,暗殺乱舞,朧の術,封殺手裏剣 | |
| 修善寺僧 | 僧侶 | 45 | 蘇生・壱 | |
| 伊豆衆闘兵 | 懷劍陰陽 | 45 | 陰陽道壱各種術,煉気掌 | |
| 鶴ヶ岡神官 | 神主 | 45 | ||
| 伊豆鍛冶衆 | 刀鍛冶 | 45 | 怒号,破鎧撃・参,迅速破砕撃,仕掛け鎧・参 | |
| 武蔵野薬採り | 薬師 | 45 | 蘇生・壱,救護・参 |
山角定吉の3男といわれる。政長、定助。紀伊守。宗覚。1529年生まれ。
山角氏は山城国宇治郡山角の出自とされ伊勢宗瑞(北条早雲)とともに伊豆に入った最古参の家のひとつである。ただし山角家は同じ境遇の清水氏(清水康英の家)などとは違い知行高はそれほど高くない(約200貫)。これは常に北条家当主の近くにいたためであろう。定勝の父定吉は氏綱と氏康の代に戦奉行をしていたといわれており、現在もその屋敷跡は小田原市山角町という名前で残る。
北条家の評定衆の一人。氏政ついで氏直に仕える。
1582年、北条氏直と徳川家康息女督姫との婚儀の際にその媒酌を勤めたといわれている。
1590年、北条氏は秀吉の小田原の役により滅亡する。山角の主君である氏直は高野山に追放され、彼はこれに従うも氏直は1591年に没する。
その後徳川家臣井伊直政に仕え1200石を拝領したのち、1603年没。