【北条家】
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侍
北条家・本陣総大将
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はっはっは! わしが北条家当主の氏康! お主の力見せてみよ!
○○○○と申すのか。 よい面構えじゃ!お主には 虎の一撃を進呈しよう!
○○○○よ、また来たか。 我が北条一門に刃向かった 愚かさにまだ気づかんか!
| 名前 | 職業 | レベル | 初期付与 | 使用技 |
|---|---|---|---|---|
| 北条氏康 | 槍侍 | 75 | 川越夜戦訓、不撓不屈、必討の太刀、一所懸命・極、守護術 | |
| 北条氏忠 | 懐剣忍者 | 70 | ||
| 狩野一庵 | 薙刀僧 | 70 | 反射結界 | |
| 太田氏房 | 懐剣陰陽 | 70 | 結界 | |
| 北条氏盛 | 弓神主 | 70 | ||
| 石工善左衛門 | 鉄砲鍛冶 | 70 | 守護術 | |
| 大藤政信 | 錫杖薬師 | 70 | 再生 |
上杉謙信、武田信玄などと互角に渡り合った名将で、特に政治能力に優れていた。
祖父・早雲が築き、父・氏綱が地盤を整えた後北条家は三代目・氏康によって完成する。
検地、貨幣整備、伝馬制(公用で使う馬の調達制度)や水運の整備などを行う。
度重なる戦で攻められる事となった居城・小田原城を改修し、難攻不落の名城に築き上げた。
北条家は家訓に民をいたわる様にというような事があり、税金が安く四公六民(四割を国が、六割を民が)というものであった。
しかも米のまま納められるのではなく、農民達が納めた米が税金として届くときには貨幣となって届くシステムを成立させていた。
戦場にあっては「氏康の向疵(むこうきず)」と呼ばれ、生涯三十六回の合戦で一度も敵に背を向けず受けた傷は全て身体の前側、すなわち、「向疵」であったと言われている。
そして極めつけは、八万にも昇る軍勢で北条綱成の篭る川越城を包囲した山内上杉家連合の軍勢を、わずか十分の一の八千の軍勢で夜襲をかけ撃退するという離れ業。後に「川越夜戦」と呼ばれるこの合戦で氏康はその武名を世に知らしめることとなった。
また武辺だけではなく晩年の勝海舟の語録には、小田原では江戸時代を経た今でも未だに北条家の善政の威徳が語られ、敬われているという記録が残っているらしい。