相模武将一覧

伊東政世(イトウ マサヨ)

レベル:数

50:7

職業

合戦配置

先鋒

戦闘開始セリフ

なし

構成

名前職業レベル初期付与使用技
伊東政世鉄砲侍50守護術
風魔下忍懐剣忍者45
浅草寺僧懐剣僧45
伊豆衆新兵懐剣陰陽45
鶴ヶ岡弓兵弓神主45詠唱の韻・極神代の風気合の韻・四全体解呪・弐子守歌
武蔵鍛冶刀鍛冶45守護術
武蔵野薬売り薙刀薬師45蛇紋孔・弐完全治療裏鬼門天狗法力全体解呪・弐蘇生・壱

備考

特徴

ドロップアイテム

旧ドロップアイテム

列伝

九郎三郎、右馬允。号は全英。伊東祐尚の子。1557年の生まれ。

伊藤家は藤原氏の流れを組む工藤氏が伊豆伊東荘に入ったのが始まりとされ、伊豆に寄り最初山内上杉家に仕えていたが、伊東祐遠の代に北条配下となった。伊東政世もこの伊東家の一族と思われるが、どこで別れたのかは不明である。なお、本家は祐通-幸通と続いている。

1563年7月9日、主君北条氏政から1字拝して政世と名乗る。御馬廻衆として伊豆伊東之岡や相模西郡栢山などに約227貫を領していた。
1580年の武田勝頼との攻防戦では伊東国三島にある天神山城に籠りこれをしのぎきる。
1582年には下総矢作城主となる。このとき鉄砲33挺と大筒3筒を預かったとされている。
1590年の小田原の役では小田原城に寄り、先鋒として豊臣方と戦うが奮戦むなしく小田原は開城、北条家は滅亡する。
その後は家康に仕え、関ヶ原大坂陣に従軍する。その後奇しくも氏政から1字拝した日からちょうど65年後の1628年7月9日没。

武田勢との戦ではこれを寡兵で破り、小田原攻防戦でも戦功を残し、大坂陣では槍奉行を勤めるなど、戦場に生きた人物である。

その他情報


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